May,3

気がついたらもう5月まで来ていた。今日は風が強い、世間はゴールデンウィークに突入している。わたしは昨日の夕方からようやくゴールデンウィークに入り、大それたことは別にしないのだけど、それなりに楽しい連休に向けて準備しているという感じ。昨日、新宿の喫茶店時代の同僚たちがそれいゆに来てくれて、ああだこうだと話して家に帰り、天井で回るモビールの陰を見て、しばらく動けなくなった。そのあとは半分の意識の中で、過去に色々な言葉で嫌いだと言われたこと、嫌われてしまった人たちのこと、が頭の中に無数に流れては消え、わたしは疲れてたんだなあと思った。

最近、特に今週、記憶がない。ただずっと何かに追われているのかという感じで働き、遊んだり笑ったり、だけどちょっとずっと何かが不安で、それにまともに向き合ってしまうような時間もなく暮らしていた(そういう感覚がよくあるので、柴田聡子「雑感」の「毎日のせいで涙を流す暇もないだけです/片目で歩いてるのをえらいって言われるのも妙です」が好きだよ)。とにかく、行かなくてはならない場所に、行かなくてはならないのだ。大人だから、自分の体を持ってして、自分の生活を支えているからだ。動いていなければ、この街にはいられなくなる。そういう日々の時は日記は書けない。もちろん本を読むことも、新しい何かを見つけることもできない(自分が過去に衝撃を受けたコンテンツなんかも、なんだかかすんで遠くに見えること、他の人もないだろうか)。会社ビルのエレベーターを往復しながら、体の中に活字がほしいなあ、足りないなあ、と思っていた(今週ずっとあの言葉何だっけ、何だったかなあ、と思っていた言葉を目黒駅までの坂をのんびり上りながら思い出した、答えは「躯体」でした。一体なんでだ?)。今年も夏が来るらしい。明るい気持ちでまた好きなものを見つけられたらいい。5月は好きだ、一年の中で一番カッコいい誕生月だとずっと思っている。特に理由はない。

今日は何度も途中で目を覚ましながら、遅めに起きて母に電話した。お腹がすいていた。母のゴールデンウィークの予定は、学生時代の友人(フランス文学に狂った人間、美大で教鞭をとっている人間)と、筑豊の、昼でも夜でも何でも関係なく、とうの昔からゴーストタウンになってしまった商店街の中にある友人所有の元店舗の空室、で、飲み会をするというものだった。笑ってしまった。この親ありきの(そういタイプの親だとは18までの時、まったく知らなかったのだが)わたしなのだと、何かの因縁を感じざるを得なかった。年々母親への興味と赦しが増幅している。職場の先輩にもらった大阪みやげの551のラーメンを食べ、夕方からすぐそばの銭湯に行った(なんかお休みっぽいなと思ったから)。明るい時間に行く浴場のことが好きで、天井のそばの窓からは明るい光が見えて、今日のお湯はピンク色だった。番台のおばさんはいつも通り、(夕方なんだけど)「おやすみなさい」と言ってくれた。嬉しいな。帰りに遠回りしたコンビニでビールを買った。すごく風が強くて、半乾きだった髪は家に帰るまでにすっかり乾いてしまった。もうそろそろ外が暗くなる。5月が始まった、色々な人にそれぞれの想いがある。わたしだけの想いがあって、それはもう会えなくても、また会っても、よく会っても、なくなることなんかないだろう。なるべくそれぞれの幸せで、暮らしていてほしい。また書きます。