Apr,20

昨日のことだが、人生ではじめてデモというものに参加をしてきた。なかなかぼんやりとした光のない4月を過ごしていたけど、久しぶりに心が動いた日だったので、記録に残しておきたいと思う。

4月19日、日曜日。凜ちゃんに誘われていた国会前のデモに行くことにした。ピクニックしたり、シャボン玉したりできるゾーンもあるらしいから!とのことで。わたしはデモに参加したことがない。というか、デモが何たるかすら、正直あまり分かってもいない。わたしは今に至るまで、政治に意見や立場を表明するほど、現在起きている問題、過去の問題、といったような物事を知らなかった。だから(必ず選挙には行くようにしていたが)何となく政治的な参加活動やそれについて発信してくれている友人・知人・はたまたただ憧れているだけの人たち、にはずっと後ろめたくて、そこに少しのコンプレックスがあった。知らないなりにも、生活やsnsの中でおかしいだろと思うことは多々あれど、前提を知らなすぎるから積極的に発言することはできなかった。何か絶対に、間違っていたり、見落としてしまっているとしか思えなかったから(感情だけで語ってしまうことは幼くて危険で、そうなってしまうであろう自分のことを知っているから、なるべく黙っていた)。だからずっと、それよりも今は日々の生活を生きていくことに必死だという言い訳をしてきたように思う。そんな自分が、はじめて積極的な参加活動に触れ合った。何となく、心が急にその方を向いたから、という理由だけだったけど。

九段下で降り、永田町へ向かう。駅構内には、すでにタンバリンを持った子どもがいる。だけどはたして、こんな大げさに整頓されすぎた街で、デモなんかやっているのだろうか。出口によっては警察に止められるかも、的な情報を携帯で見ながら、不安になりつつ地下通路を行く。目の前に現れた「戦争反対」のTシャツを着たお姉さんたちの後ろを着いていくと、無事地上に出られる。すぐに警察、街宣車、大きな日の丸、などなどが目に飛び込んでくる。ここはいったい、本当にわたしの知っている東京なのだろうか。道行く人たちに、静かな高揚感と連帯を感じた。

凜ちゃん、折田がやって来る(のちに稲吉さんと花枝くんも)。三人で色々なエリアを見物した。そこはわたしが見たことのない景色だった。自作ののぼりやフラッグを持っている人もいれば、演奏している人もいれば、着ぐるみを着ている人(手を振ったら振り返してくれた)もいる。多種多様のやり方で、みんなが同じ場所にいた(多分ほとんど同じような気持ちを持って)。まだ歩いてすぐだったのに、理由はその時分からなかったが、その場のエネルギーに涙が湧いてきそうになった(一人で静かに堪えた)。わたしははじめて、人は一人ひとり意思を持った人間であり、権利があり、その権利を持ってして、今ここでゆるやかに連帯しているんだということを、肌で知った。こんなの、誰ひとり死んでいいはずがなかった。わたしはきっとそのことに、それをはじめて分かってしまったことに、泣いてしまいそうになったのだと思う。

中でも一番腑に落ちたのが、静かな抵抗というか、本を読んだりプラカードを持ったりして、静かに座っている人たちの存在だった。snsでこれまでその存在を見知ってはいたのだけど、その時は正直あまり意味がわからなかった。だけど実際に道を歩いていると、一つずつしっかりと目に飛び込んでくるし、(良い意味での)圧力がきちんとそこにはあった。わたしもメッセージ性を持ったブックカバーを作り、持ち歩こうかと参考になる。もちろん演奏やスピーチで声を出している人も無限にいたが、わたしはやはりそういう積極性が自分ごととしてはハードルが高くて、だから尚更惹かれるものがあった(ホイッスルを配っている方に遭遇し、演奏&コールのエリアにいた際はそれが非常に役に立った。声を出すことにハードルを感じても、こういうものがあればわたしでも参加できる)。

学びと刺激と色々な感情が押し寄せてきた日で、一日経った今でもかなりぼうっとしている。あまりにも何も知らない状態だったから、あの日の色んなことが良く見えているだけかもしれないとも思うし、影響を受けすぎかと少し不安にもなるが、とにかく参加して良かったことには変わりがない(凜ちゃんにもらったシャボン玉も、その後上野公園の子どもを狂喜乱舞で喜ばせたりなど、役にも立った)。とにかく平和であることだ、と思う。日々悩んでいる・悩んできた人との関係性や生活なんてものも、当たり前の平和がないと何ひとつ成り立たないということを、今さら身をもって知る。わたしはこれまで、毎日の忙しさを理由にそれから逃げていたと思う(先述したように、そこに対するコンプレックスもあったからだ)。人が人であるということを、本当に知ってしまえば、誰かを傷つけようという気なんて、アクションなんて、できなくなる。東京で暮らしていると、たまに人がハリボテのように思えてきて分からなくなることが多いが、昨日はあまりにも目の当たりにしてしまった。わたしの中で何かが変わっていくような気がした。お誘いいただきありがとう(snsに載せたデモの様子に反応をくれた高校時代の友人やその他諸々の方たちからの反応からも、不思議な勇気をもらった!ありがとう)。上野公園に向かう途中、凜ちゃんに今日感じたことを拙いながらも伝えたらうれしいと言ってくれた。ずっと発信し続けてくれてありがとう、それって本当に体力がいるし、時に孤独な気持ちになるだろうと思う。これからも一緒に何かできたら嬉しい。

デモの帰りはみんなで上野公園、御徒町の老酒舗に行き、さんざん食べたり飲んだりしゃべったり、した。すごく楽しかった。こんな素敵で信用できる人たちと一緒にいられることが、本当に幸せだと思った。酔ってなんとか帰り、寝た。ずっとみんなとこうして生きていたいと思う。だからできることをやりたい。