Mar,29

  • 3月23日 月曜日。ほとんど四連休を抜けて行く職場は本当に手ざわりのすべてを忘れてしまっていて、わたしがここに許されていることから不思議な気持ちになってしまう。職場のこの前お昼ごはんを食べた先輩から、急にキーチェーンをプレゼントされた(展示会に行ったらそれがあって、唐突にわたしのことを思い出してくれたそう)。わたしが部屋の鍵にまつわるトラブル続きだということが、ほんとうのことは言っていないが、何となくばれている。「これで鍵、無くさないですかねえ」と優しく微笑まれ、わたしは自分の歩んできた道も自分のことも、この優しいまっすぐな微笑みをくれる人の前に出してはいけないものだと思った。だから少し変な反応しかできなかった。退勤して、お酒を飲む。寒いのかあたたかいのか、よく分からない日。クローゼットから久々のダウンを引っ張り出して着た。平和の森に行ったら、たぶん卒業式終わりの高校生の男女の集団がたむろしていた。みんなで暗闇の中で大げさに光っている街灯を背に走り出したり、騒いだり。とても美しかったし、少しだけ鬱陶しかった。みんな、正しくないことなんて何もしらないみたいなくらい輝いていたから。だけどわたしは彼ら・彼女らと同じくらいの時、特にそういう、自分のことばかりな大人が嫌いだったなと思い出して、少し歳を取ってしまったと思った。酔った。そういえばわたしは去年のちょうど今ごろ、中野の大通りを歩いて全く同じベンチで別の友人と話をしていた。彼とはどんどん距離が離れていき、もうすぐ東京からもいなくなってしまうらしい。わたしの場合、たったの一年間でもほんとうにさまざまなことが、変わってしまうのだ。だからこそ記録しておかねばならないと、と思う。
  • 3月24日 火曜日。晴れた。いつもと同じ電車なのに、やたらおだやかな光に、少し気恥ずかしい。少し気恥ずかしい時は、わたしはそれに負けないよう、少し冷たくなる。高田馬場のホームで問われたことに、わたしは「それは一方がそう思っていただけなんじゃないか」と答えたけど、それは間違っていただろうか。それも多分、考えすぎなのだけど。職場のコンビニに、おいしい麻婆春雨のカップヌードルを見つけた。ほんとうにおいしかったので、ツイートしたらなつみさんが反応してくれた。食の大魔神。夜は東小金井。今日は恋人の27歳の誕生日、家の裏のガチ中華屋の中国人のおじさんは、これまでいつも寝てばかりだったけど、最近急にやる気を出し始めたようだ。見たことのない鶏肉の料理の名がボードに並ぶ。鶏肉のレモンのやつも、鶏肉を真冬の風にさらして干したものも、豚の煮こごりも、たいへん美味しかった。すぐに帰ろうと思っていたのだけど、あまりにも美味しいし、おじさんが最近中国ではやっている曲のプレイリストなんかを流して気兼ねなく話してくれたものだから(俺ひとりで行った時にはあんな音楽も流してくれないし、全然相手にしてくれないのに、と恋人は少し拗ねていた)、何だかんだで居座ってしまった。壺みたいな瓶に入った、とっておきの10年ものの紹興酒もいただいてしまった。甘くてとろとろしていて、飲むとすぐに体の芯がぽかぽかした。家に帰って、押し入れから出てきたというこれまた10年ものくらいの彼の祖母が遺した梅酒を飲み、誕生日らしく、松坂牛といい卵のすき焼きを少しだけ食べた。疲れて、眠ってしまった。
  • 3月25日 水曜日。今日はくもり。朝方、向かいの保育園から子どもたちがピアノの伴奏に合わせて歌っているのが聞こえてくる。そういえばこの家に来はじめた頃、これを聞く朝が好きだった。何だか久しぶりに聞いたような気がする。仕事に行く。お昼ごろ、朝ごはんのメロンパンを食べながら作業していると、上司に呼ばれた。「メロンパン食べてるよね、あと10分後に会議室で」と言われ、なんかあまりにも滑稽なところを見られてしまったと思った。結果からいうと、わたしはしばらくの間、たぶん自分が望む時まで、この会社で働いていいそうだ。何となくそんな気はしていたけど、期待してもつらくなるから、あまり考えないようにしていた。だけどやっぱりどこか、安心したし、嬉しかった。帰り道、いつもの目黒駅までの坂を、埋火を聴いて帰った。気候とよく合っていたし、なぜかいつもより数倍、歌詞が直に聞こえてきた。はじめてこの曲たちのことを知れたような感覚だった。雨が降っている。家に帰り、鍋を食べる。夜はワインを買いこんで、杉咲花さんのドラマ最終回を、はじめてリアタイした。魚みたいに泳ぎ続けていないと死んじゃうんじゃない、という言葉に身に覚えしかなかった。わたしが魚座にこんなにも執着している理由の一つを思い出した。ラストシーンは祝福、生きていることへの祝福。ずるかろうが、わたしは下手なオチをつけられるよりは、よっぽど希望を持てた。このドラマに出会えて、きっと良かった。
  • 3月26日 木曜日。朝から職場で一日中むだ話をしている先輩と、高田馬場の階段で遭遇。一緒に出勤し、コンビニでコーヒーを買った。今日は会社の懇親会で、社員の人たちは昼から先に皆出払ってしまう。ほとんど誰もいないオフィスはほんとうに静かで、周りには先輩以外、誰も座っていなかった。わたしたちも夕方から品川のおそろしい宴会場へ。あまりにも元気な企業かつ熱気ある雰囲気で、わたしはまさか自分がこんなことになる人生だとは、一年前まったく思っていなかった。とにかくお酒を飲み、ケータリングを食べた。ある程度酔うと、もう何でも良くなってくる。どうでも良くなってかなり気分が良くなったので、集合写真の際、綺麗な先輩と隣同士で手を繋いだ。朝からずっと一緒にいる先輩と、帰りも共に。せっかく港区にやって来たので、海をめざして散歩した。桜が満開に近かった。彼のことはもうほとんど友だちだと思っているので、友だちの会話をし続けた。それが良いのかはわからない。缶チューハイが無くなって帰った。なんだか夢のような(わたしの人生には本来起こらなかった)光景を浴びた日だった。この状態をきちんと把握するには、まだしばらく時間がかかりそうだ。早く寝ればいいものを、そこから帰ってまたひとりでお酒を飲み続けた。高山なおみ『帰ってから、お腹がすいてもいいようにと思ったのだ。』を読み終えた。ひとつひとつ、とても大切に読んでいた。
  • 3月27日 金曜日。朝から何となくSweet Tripを思い出して聴いた。すごく良い。かなり今聴くべき音だった、やっぱりそういうものはある。何だか疲れてしまった(嫌な疲れではない)。今週も光のように何も分からないまま終わっていく。家に帰って適当なごはんを思いのままに作って食べ、湯船を張って少しだけ『宝石の国』を読んだ。漫画って見るところがたくさんあって、文章なんかよりよっぽど読むのがむずかしい。一度考えはじめたらどんどんスピードが落ちていき、のぼせてしまった。そういえば最近、地方のヴィンテージマンションや空き家の一戸建ての情報がよく目に飛び込んでくる。浴槽でそういう生活のことを思い浮かべる。わたしのそういった想像の中で、わたしはいつもひとりでその家に暮らしている。そのイメージしかやはり思い浮かべることができない。そういう生活は静かで、だから間違えることも人を傷つけることも今よりよっぽど少なくて、だけどわたしはそれはそれで、その凪に耐えられるような気もしない。暴力的なおしゃべりや突拍子もない衝動、つまり今の自分の悪習もなければ、きっとわたしはしんでしまう。今日は南伊豆の古いマンションに住む自分を想像した。静かで美しかったが、さみしそうだった。ちょうどいいバランスを、もっともっと身につけたいものだ。今はずっと、そのための練習をしている。明日は職場の先輩たちがそれいゆに遊びに来てくれるそうだ、うれしいな。たのしみ。

  • 3月28日 土曜日。それいゆの時は、平日の仕事よりもなぜか早く起きられる。人と遊ぶ時は化粧をする(なるべく)。中野駅北口の公衆喫煙所が、憎むべき中央線あるある:ボックス型喫煙所に成り代わっていた。湿度を持った衣服や体に、ああいう喫煙所の煙は普段より数倍たばこのにおいを染み付かせてくる。忌むべき存在、中野のあの喫煙所のことがほんとうに好きだったというのに。電車に乗り、朝の総武線下りに乗っている時、良くないことを思い出した。わたしはたいてい、どこにいても、唐突に過去の良くない記憶が蘇り、しんでしまいそうになる。今日思い出したこと、昔大好きでたまらなかった人にかわいいと褒められた笑い方、それは、高校生の時、かわいくてかわいくて仕方がなくて(しかも分かりやすいかわいさではなく、なぜだか惹きつけられてしまうような不思議な魅力を持った人、としか言えないような)、多分少しばかり嫉妬していたクラスメイトの笑い方を真似したものだった。わたしはいつの間にかそれをやめてしまった。わたしにはそういう、後味の少し悪い出来事が人よりも多くあると思う。それいゆに行く。先週が三連休だったからか、はたまたすごく晴れていてお花見日和だからか、いつもとは全く違う落ち着いた雰囲気で、賄いのモーニングサラダもすぐに食べ終えてしまった。ほどなくして、職場の先輩たちがやって来た。うれしかった。それいゆで会う先輩たちは新鮮で、互いに少し気恥ずかしそうな感じ。たくさん追加オーダーをしてくれて、ありがたかった。結局ランチ以降は混み、落差でつかれる。その足で下丸子へ向かう。ぼんやりしていたのもあるのか、なぜか二時間近くかかってしまった。わたしは良くないことはどんどん連鎖することを感覚的に知っていて、この日はそれだった。こんなに早く到着したいと思っているにも関わらず、正社員の同世代であれば働かなくてよいはずの休日も働き(もちろん満足しているし仕方ないとは思っているのだけど、追い込まれているとそういう考え方しかできなくなる)、その上に東中野から電車が一切動かなくなる。ちょうどイヤホンから流れたPurrの前身の二人の”So Open”を聴いて少し涙が出た。とにもかくにも気がついたら下丸子に行きつき、わたしはヤケになってみんながいる場所までビールを煽りながら一人で歩いた。昼はとても晴れていたけど、夕方は少し薄ぐもり。河川敷に到着すると、遠くの方はピンクがかったもやに包まれていて、とても綺麗だった。みんなと合流し、大根の花畑で少し寝転ぶ。いつもわたしが少しばかり考えすぎているだけで、本当に優しい人たちだし、優しい場所だ。そのあとは蒲田に行って、焼肉屋やあの四階建てのおそろしい居酒屋に行ったり。途中、目の前を好きな人たちが覆い尽くしている景色に半ば涙が出かけた。みんな!と心底思い、全員と手を取りたい気持ちだった。知らない間に酔ってしまった。一人で終電の何本か前に帰った。わたしは少し大人になったのだろうか。大人になったというか、むしろ最近はみんなのことが分からなくなったりする。とても、昔より一人で生きていると思う(悪いことではない)。だけど嬉しい日だった。
  • 3月29日 日曜日。たくさん寝てやろうと思っていたのに、ふだんと同じくらいに起きてしまった。誰の目も届かない午前中って、どうしてこんなに永遠みたいなんだろう(喜ばしいこと)。コーヒーを淹れてパスタを食べる。昼すぎ、職場の先輩に自転車をもらいに井荻まで行く。とても良い天気、のんびりしている。先輩とはまさかの週7で会ってしまった今週だった。さすがに一緒にいて言葉を尽くしすぎた、一番長く今週の時間を過ごした人だと思う。自転車で颯爽と現われた先輩は、私の最寄りまで続く大通りまで着いて来てくれ、自転車にまたがるとても情けないわたしの写真を撮って消えていった。どうもありがとうございます。「タイヤの空気がたぶん抜けてるよ」と言われてはいたけど、わたしはそもそも正常な自転車を知らないのでバカ正直に最寄りまでおよそ40分、自転車で走った。自転車がこんなに疲れて動悸がする乗り物であるならば、自転車に乗っている人間は全員イカれてるなと思うくらいに疲れた。途中、夏かと思うくらい暑かったし、ふらふらしながら買った三ツ矢サイダーの味もあまり分からなかった。家に帰って窓を開け、下着で寝た。甲子園を見ながらビール片手の恋人が家にやって来て起きる。二人で自転車に乗り中野まで行った。中野の大通りはとても桜が咲いている、きっと今週が一番綺麗だろうと思った。中野に行く途中の自転車屋に寄り、タイヤの空気を入れ、「コイツ話にならないわ」という顔をしたお店のお兄さんにサドルを高くしてもらった。そしたら見違えるほど乗りやすい乗り物になった(こういうことなら、自転車に乗っている人は別にイカれていたわけではない)。ブロードウェイの地下で買い物。もう2〜3年ここに住んでいるというのに、食材に目ざとい恋人が現れるまで、わたしはここの歩き方を知らなかった。肉屋、八百屋、惣菜屋、何でもある。そしてどれも生き生きして見える。偵察くらいの気持ちでいたのに、帰る頃にはレジ袋いっぱいに野菜や肉を買ってしまった。こういう買い物を日々望んでいた、そして諦めていた。これからはここに買い物に行こうと思う。いいことを教えてもらった。少し喧嘩をしながらも、夜は近所の寿司屋。美味しかった。嫌なこともあったが、それを書くのは面倒なのでやめておく。体調の悪い恋人が早めに眠る、わたしはそれを追いかけてワインを飲んで眠った。わたしは今週も生きていたみたいだ。