Oct Letter✉︎vol.2

  • Mon,Oct,12 晴れ。一週間ほどこちらに滞在していた母と別れた。目の前のことだけを考えていたら、あっという間に過ぎ去った一週間だった。母からは、毎日をいかに自分にとって気分良く過ごすかということ(たぶんそのためにお金はあるのだということ)、選択権も考えることも、また、それで生じる責任も、全部自分自身が握っていていいこと、などを学んだような気がした。皮肉にも、この期間で、わたしにとって畏怖の存在であった両親とは、人間としての距離が縮まったと思う。また、母と過ごした期間で、わたしは、母と、年の離れた友人のように関わり合うのが心地良いのだということも知った。退院してからの数日間は毎日(時には昼から)共にお酒を飲んだ。数ヶ月ぶりの飲酒の勢いで素敵な店で言い合いになったことも、酔いながらたこ焼きを買い、飲み直したことも、あまりにもあけすけな悪口を言い合ったことも、良い思い出になった。わたしはこれまであまり家族のことが分からなくて、友人や恋人よりも極端に心理的な距離を取っていたけれど、もしかしたら少しだけ、家族というもののコツがつかめたかもしれない。当たり前に寝起きを共にする人がいる空間に一週間身を浸していたせいで、あっさりと帰って行った母がいなくなった後、少しだけ寂しくなった。夜は高田馬場に映画を見に行った。ネリー・カプラン監督、『海賊のフィアンセ』(1969年)。劇中の男も、しまいにはその周りの女も、主人公以外のすべての人間が、とても浅ましくて醜く、頭のネジが若干飛んでいる主人公のあばら小屋に、意味も無くどんどん増えていくガラクタ(でも全部かわいい)だけがいびつで綺麗だった。もしかしてこうやってゴミ屋敷的な物は作られていくのかもなあと思った。まあでも、彼女は頭のネジは本当は全然しっかりしてて、かなり意志を持った復讐をしているんだろうけど。仁王立ちの時の眼差しなんて、怖いくらいまっすぐだったから。明るい話ではないから、そそくさと映画館を出て高田馬場の街を歩いたら、また一段と秋に近づいたような気がした。自分の中のさみしさについて考えた。わたしのさみしさは、わたしの人生にとってかなり仇になるもので、これからはまじめにこの気持ちと向き合って(飼い慣らして)生きていかないと、きっと何度も同じことを繰り返し続けるだろう。ワインのために、パテとチーズを買って帰った。
  • Tue,Oct,13 晴れ。母がいなくなって最初の朝。数日前までの入院生活の名残が、母とこの部屋で過ごした名残が、まだ体や所作に染みついている。初めて知った下腹部の硬さを思い出す。朝はこれからも早く起きたい。柴田ひかりのpodcastを聴いてから気になっていたジャーナリング、みたいなものを始めた。iPhoneのメモに書くでもない、日記に書くでも友達に話すでもない、自分の無意識の中にある乱雑な言葉を引き出していくみたいな作業だ(ちなみに日記をここで書くことは、色々な場所にヒントのように残している自分の言葉を一つずつ拾い集め、まとめて一つの形にしてあげるような感覚)。数日のうち、また自分の感覚が変わった。何となく、もやが晴れてハッキリとものが見える。今考えると、他の人よりも特別近くにいる人がいたというのに(だからこそと言うべきか)、とても窮屈に生きていた。寂しさや不安に気を取られ、息をすること、街を眺めながら歩くこと、ひたすらぼんやりした顔で道を歩くことだって許されているということ、忘れてしまっていた。今は、自分だけの体で、自分の速度で、息ができる。それが新鮮で、そして寂しい。朝から新居のために買ったライトが立て続けに届き、隣人はタッチの差で引っ越していく。近所の花屋に行ったら、おまけで松ぼっくりを二つもらった。「秋だからこんなのも」とのこと。嬉しかった。昼過ぎから、8月ぶりのモカちゃんと御徒町。大好きな発酵白菜の土鍋も久しぶりに食べられて満足。店を出て、退勤ラッシュの街の路上ライブを冷やかし、ロータリーで一缶だけ飲む。最近読んだ、吉本ばなな『デッドエンドの思い出』から考えたこと、を話したらモカちゃんが泣いて、そんな姿に笑ってしまった。全然泣かなそうな人が泣くと、嬉しいのと笑えるのとで、なんかこちらまで泣きそうになる。晴れた秋の夕方、気持ちのいい風の中で友達と缶チューハイを飲むの、本当に幸せだった。まだどこかに遊びに行きたかったけど、楽しいことは少しずつやった方がいいよね、と自分に唱え帰宅。大人になった。このようなバランスをやっと覚え始めたような気がして、喜ばしい。帰り道はモカちゃんとのテーマソング(今日そうなった)を聴いた。

いずれにしても神様は何もしてくれやしない。でも、それは神と呼ぶにはあまりにもちっぽけな力しか持たないまなざしが、いつでもともちゃんを見ていた。熱い情も涙も応援もなかったが、ただ透明に、ともちゃんを見て、ともちゃんが何か大切なものをこつこつと貯金していくのをじっと見ていた。(中略)

そして、お母さんが死んだとき、最高に孤独な夜の闇の中でさえ、ともちゃんは何かに抱かれていた。ベルベットのような夜の輝き、柔らかく吹いていく風の感触、星のまたたき、虫の声、そういったものに。ともちゃんは、深いところでそれを知っていた。だから、ともちゃんはいつでも、ひとりぼっちではなかった。

―吉本ばなな『デッドエンドの思い出』内「ともちゃんの幸せ」より

  • Wed,Oct,14 晴れのち雨。コーヒーの粉が切れたから、ここ数日は毎朝コンビニにコーヒーを買いに行っている。だけど早く粉を買いに行った方がコスパがいいことは知っている。仕事に行かなくなって一週間以上が過ぎた。毎朝のこの街の風景はこんな感じだったのかと、朝の商店街を歩きながら思う。母が滞在していた時何度も行った、徒歩二分のドトールコーヒーにすら、知らない街の顔があった。昼から病院。入院中お世話になっていた方たちとはあいにく会えず、少し残念。あれから数日しか経っていないというのに、四角い病院は、もう自分には関係のない場所なのだと思えて、少し寂しかった。昼の光が差し込む電車に揺られ、北千住。陽太さんと会った。すっかり定番になってきた永見で、ここ最近のことを振り返る。なぜかユーミンの話から家族の話になり、気がついたらバンドの話、本の話で盛り上がる。陽太さんは最近よく本を読んでいるみたいだ。とっても良い。帰り際、真っピンクの装丁の『人間失格』をくれた。ゆっくり読もうと思う。陽太さんに、創作をしてほしいよ、智春の言葉で文章を書いていてほしい、と言われたこと、すごく嬉しかった。新しい生活の中で、一番頑張りたいこと。家に帰ってトイレで吐いた。お酒が弱くなっている。
  • Thur,Oct,15 晴れ。朝からコンビニにサラダとパン、コーヒーを買いに行く。最近セブンのサラダボウルにハマっている。砂肝のやつも美味しかったけど、タンドリーチキンのやつも美味しかった。ドレッシングを混ぜてなじませている間、洗濯をしたり、昨日のお皿を片付けたり。そろそろ少し仕事がしたくなってきた。せっかくなので、仕事みたいなルーティンを作るといいかも。あとは習い事とか始めたい。柴田ひかりのYouTubeを久しぶりに見た。気分が良くなる。IVEのレイちゃんのYouTubeも良かった。昼から思い立ってネイル。適当に予約したお店は普通のマンションの一室で、看板も出ていない。女の子達は、男性よりも、人生の中でこういう最悪殺されたっておかしくない場所に赴く回数がきっと多いよな、と久しぶりに思った。爪はベビーピンクのマットにした。施術してくれた人はほとんど何も話さず、おそろしい速度でみるみる爪を完成させてくれる(完成した爪を見て、ほとんど初めて、「ふふ、かわいい」と言ってくれた)。開け放たれた窓から、近所の子ども達が遊ぶ声が聞こえた。久しぶりにノーベルにも行った。いつ行ってもいる店員さんがいる。あの異常空間に毎日のようにいて、わたしだったらきっと音を上げるだろう。涼しい帰り道は少し寂しい。一昨日買った花がもう枯れようとしている。花すらも上手に育てることができない。水が悪いのか、陽が悪いのだろうか。夜、お酒を飲む。わたしは生活の中で、誰の息づかいも感じなくなることが怖い。誰からも忘れられてしまうことが怖い。一人だときっと思いつかないような面白いこと、素敵な音楽、そういったものがなくなることが、怖い。今は、ただの寂しさでこれ以上傷を増やさないよう、じっとこらえている。
  • Fri,Oct,16 晴れ。昨日まで行くか迷っていたけど、近所の皮膚科に行った。外が暑い。ノースリーブのワンピースにカーディガンを羽織って外に出たけど、ノースリーブで歩きたいような気候だった。アネゴのような病院の先生は、的確にすごいスピードで色々なものを処方してくれた。近所の薬局で薬をもらって帰宅。昼は残り物を盛大に活かしたパスタを作った。用事を終わらせ、夕方から池袋。いつぶりだろうかという和田くんと会う。噂で聞いていたよりもよっぽど元気そうで安心。和田くんが教えてくれた魚屋さんの一角でお酒を飲む。面白いお店だった(お酒は持ち込みで、魚屋のショーケースの前に簡易的な席が作られる)。予算に合わせた、とても綺麗な造りが運ばれてくる。わたしたちの横には、少し怖い感じのおじいちゃん(店主とかなのだろう)がいて、動かない。会話の途中で入ってきたり刺身の食べ方に茶々を入れたりという感じだったが、みんな厳しくも自然な人たちで、知らない池袋を見た気がした。また行きたい。芝生のある公園で話す。途中、また気分が悪くなってきてそのことに必死だった時間はあったが、何だかんだでかなりの時間話し込んでいた。和田くんに言われた、智春のことを幸せにできる人はいないよ、智春のことを幸せにできるのは智春だけだよ、という言葉、かなり腑に落ちた。わたしは誰かに幸せにしてもらおうと思ったことは多分一度もないが、だからといって自分のことを意識的に幸せにしてあげようと思ったこともなかった。わたしは自分のために生きると最近決めたばかりだけど、それとも通ずる話かもしれない。また、わたしたちはかなり昔(互いに本当に若い頃)付き合っていたのだが、そのことをだいぶ長い時間が経って、互いに強がることもなく一緒に振り返れたのは良い時間だった。久しぶりに性根の良い人と話をしたような気分になった。家に帰って少し風邪の片鱗を感じたけど、そのまま寝た。
  • Sat,Oct,17 晴れ。起きてバイトに行く。昨夜感じた風邪の影響か、または久しぶりに働いたからか、疲れてしまった。夜は渋谷で見汐さんと池間さんのライブで、数週間前からチケットを取り楽しみにしていたけど、一度家に帰ったらベッドから動けなくなった。そういう日がたまにあっても良いとは思うけど。何となく体がだるい。染みるような節々の痛み、体に籠もっている熱を感じる。ベッドから動けない代わりに、頭の中では色々な思考がすごい速さで生まれては通り過ぎていく。明るく良い方に向かって歩いて行きたいと思っている。それのための小さな努力だってしている。それなのに、どうしても、憎しみや怒りの感情に心の全てを持って行かれそうになる時がある。そのことが悔しい。わたしは自分の感情を大切にしたい。真剣に感じている自分のことを、無かったことにされたくない。世界のすばらしさを信じたい。憎しみからは何も生まれないということなど、分かっている。最近、ずっと追っていたぴょんぬりらさんが病気で入院され、退院された際に作られた「この世界が大好き」トートバッグに惹かれた。なんとタイムリーなことか、わたしも同じようなことを考えていた。いつか必ず手に入れたいと思う。眠る前、昨夜言われた「智春は人の優しさを受け取るのが本当に苦手だよね、だから“一人ぼっち”みたいになりやすいのかもね。そういうものを素直に受け取る練習をしたら、智春はもっと幸せになれるのかもよ」と言われたことを思い出した。とても的を射ていて、優しい言葉だった。でもそんなに、人と関わるのって難しいことだっただろうか。いつからそんな風になったのだろう。もしくは、やっと気がついたのだろうか。
  • Sun,Oct,18 晴れ。朝起きたら、熱が下がっていて、外が晴れていた。小さな体の不調も徐々に回復しつつある。こうやって自分の体を取り戻していくのだと思う。体が元気なだけで嬉しい、外が晴れていたら嬉しい、忘れやすい感覚。昼から新宿。たまたまDMしていたら東京にいるということで、急遽りか子さんに会いに行った。初夏ぶりくらいだろうか、最近よく思い出していたから嬉しい。りか子さんは昨日意識朦朧として買っちゃってたのという高いカーディガンを着て、首にはパンダの二連ネックレスをしていた(メモ、教えてもらった古着屋に行く)。エスニックを食べ、クールで話す。短い時間だったけど、りか子さんは相変わらず陽気でかわいい人で、会えて嬉しかった。離れてしまってもたまに会えるということ、当たり前じゃないし、ありがたい。移動して、物件の契約へ。起きたときは元気だと思っていたけど、まただんだん体がだるく、熱くなってきた。誘ってくれたライブには行けず、大人しく家に帰る。ベッドに倒れ込んで、諦めて起き上がって、事務作業をしたりしたと思う。あまり覚えていない。最後に、今日知った曲のセンセーショナルな題名。「恋人よ逃げよう 世界はこわれたおもちゃだから」。山瀬まみです。
昨日からこればかり