Feb,9

土日は雪が降った。東京に来て、初めてかもと思うくらい降っていた。わたしは起きた時から前夜の涙を引きずっていて、起き抜けから恋人へおそらくの失言、それを気にしないでいてくれる「雪積もってるよ、外見た?」にも、「別に。雪だなって感じ」としか言えなかった。だけど歩いてすぐの中華屋に行くため外に出ると、思ったよりも雪が嬉しかった。わたしはすぐに色んなことを忘れる。

土曜日、久しぶりに(三年ぶりくらいに)昔働いていた喫茶店に出勤した。前日、寝不足の中職場の飲み会という自分の人生にはほとんど起こらないイベントに参加、その後間違えて国分寺まで行ってしまったり、帰ってきたら恋人は不在であったり、なんか色んな些細さが重なったままの日だった。久々のお店は忙しく、最近知らず知らずのうちにささくれ立っていた心に大きく染みたようだった。わたしは自分で選んでここを離れ、そして自分で望んでまたここに戻ってきたはずだった。わたしが変わったのか、世界が変わったのか、居心地は良くなかった。こんなのは変だなあと思った。こういう時には自分の顔すら思い出せなくなる。

最近何となく、漠然と不安になる時間が生活のほとんどを占めている。わたしが誰で、どんなことが好きで、嫌いで、これまでどのようにこの世界を乗りこなしていたのか、なぜかさっぱり分からない と思うことが多い。その丸ごとが、不思議とどこかにいってしまったような感覚がある。「わたしごと」で言葉を紡いでいると思えたのは、その最後はいつだっただろう(誰の力も借りない、自分だけの言葉だ)。ただ、この瞬間、今ここに立っているということくらいしか、自信を持って確信できることがない。最近はそういう心細さと、そんな自分へのネガティブな感情が永遠と心に流れている。全てに言い訳をしているだけのような気がするのだ、逃げている。逃げているんだろうか?なぜこうなっているのだろう。

土曜日は夕方から深夜まで、動けなくなった。体に力が入らなくて、何をすれば良いのか、何を食べたいのか、何も分からなくなった。こういうのを疲れているっていうんだろうなあ、と思った。なぜか涙が出続けた。死ぬほど心細かった。わたしを証明する何かに触れたかったけど、それが何なのか、分からなかった。バイブルに近い『かもめ食堂』を流してみたけど、心が1ミリも動かなくて消してしまった。何のために生きてるんだろうなあ、みたいな質感のことを、久々にまじで思ったことを覚えている。恋人には、ずっと申し訳ない振り回し方をしている。

日曜日。昼に起きて中華屋、その後雪の中スカートでバイクに乗せてもらい、夏ぶりの真希さんに会った。自分の調子が悪そうだったので不安だったけど、楽しかった。真希さんはおもしろい。会うと不思議な力が湧いてくる。雪の中を散歩した。久しぶりに嫌いではない自分を見たような気がした。

夜はギリギリで投票に行った。なぜわたしはいつもこんなにギリギリなのだろう。中野から信じられない速度で歩いた。恋人も巻き添えにしてしまい、本当に申し訳ない。投票を終えてビールを飲み、インドカレー屋でモモやシシカバブをつまんで飲んだ。入ってきた選挙の結果を見て、信じられないと思う。そこから急に隣卓のおばさん達の下品な話し声に苛立った。意味不明な人間がこの世には多すぎて、しかもそれがこの世界の大多数で、わたしがおかしいのかとこれからも思わされ続けるのだろうか。この世界のことがたぶん本当の意味で、初めて怖いと思った。本当はずっとそうだったんだろうか。わたしが望んでいることは、そんなに入り組んでいて難しいことだとは思えない。インドカレー屋の店員さんは今日も微かに笑っていて、そしてタメ口で優しかった。少しだけ話をした。外が信じられないほどに寒い。二人で走って坂を下り、家に帰った。寝てしまった。